日本仏教

【仏教おすすめ本】日本仏教史 -思想史としてのアプローチ-

「日本の仏教がとにかくよく分かる本を探している」とお悩みの方へ。

おすすめ出来る仏教の本を紹介しますね。

日本仏教史 -思想史としてのアプローチ-

本書は東京大学名誉教授の末木文美士氏による著書です。

本書を読むと、僕たち日本人が知っている”今の仏教”が”ナゼその仏教”になったかが分かります。

本のタイトルと著者の肩書きだけを見ますと、正直なんか難しそうだなあと感じると思います。

僕も読む前まではきっと途中で読むのをやめてしまうんだろうな、と思っていました。

が、いざ読み始めてみるととにかく面白かったんです。

日本の仏教について興味があるなら、さっそくこの本を手にとってみて下さい!

そもそも日本の仏教はよく分からない

本来なら結論から提示するべきなのですが、本書は仏教史ですので順を追ってみていきたいと思います。

まず、本書を読むにあたっての前提として、「日本の仏教はよく分からないもの」という事です。

そして、「なぜなら…」という事が本書を読む1つの目的になります。

本書の終章に遠藤周作氏の『沈黙』という書から1つの結論が引用されていましたので、ここで引用します。

沈黙 遠藤周作
『沈黙』遠藤周作

「そうではない。この国の者たちがあの頃信じたものは我々の神ではない。彼等の神々だった。それを私たちは長い長い間知らず、日本人が基督教徒になったと思いこんでいた」

引用:遠藤周作 1966『沈黙』p232
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これはキリスト教の話ですが、同様に日本の外から来た仏教にも通じるところがあります。

これだけ読んでも分からないと思いますので、一旦前提に戻ります。

日本の仏教がよく分からない理由の1つは多様性です。

宗派宗祖
真言宗空海
天台宗最澄
浄土宗法然
浄土真宗親鸞
曹洞宗道元
臨済宗栄西
日蓮宗日蓮
時宗一遍

メジャーな宗派だけでも上記のようにあり、それぞれで教えや儀式が少しずつ違います。

さらにもう1つの特徴として、日本の仏教の変容の大きさがあります。

キリシタン時代に日本にやって来た宣教師は、最初は日本の仏教が東南アジアの仏教と同じ起源をもつ宗教だと気がつかなかったほどです。

引用:末木文美士 [1996] 『日本仏教史-思想史としてのアプローチ-』新潮文庫 P338

インド・中国を経て日本に伝わった仏教は、すでに多くの民族の間を長い時間を掛けて展開・変容して来たもので、さらに日本に来てからも変容していきます。

これらの事から、日本の仏教は捉え所のない、よく分からないものになってしまうのです。

ここまでが前提ですが、著者が本書のなかで日本仏教の特徴を3つ挙げています。

それは、

  • 法や僧よりも仏の崇拝が中心であること
  • 理論よりも、現世利益死者供養が大事であること
  • 古来からの神の崇拝と一体化すること

です。

この3つを中心に「なぜそうなったのか」という過程を要約してみました。

それでは、一緒にみていきましょう。

日本仏教史 -思想史としてのアプローチ- ポイント3つの要約

① 日本の仏教の受け入れ方

日本への仏教伝来をめぐって、蘇我氏と物部氏の争いがあったのはよく知られている話です。

この争いが史実でどうだったかは分からないみたいですが、ここで大事なのはナゼ争ったかです。

両者の争いは教理・思想的なものではなく、それが厄災をもたらすのか、それとも福をもたらすかという次元のものであった。

引用:末木文美士 [1996] 『日本仏教史-思想史としてのアプローチ-』新潮文庫 P21

そもそも、日本では神々のことは古来から「恐るべき存在」でした。

丁重に祀ると恩恵を与えるが、そうしないとひどい厄災をもたらすと信じられていたのです。

つまり日本は、海を渡って来た仏を、自分たちが信じてきた神と同じレベルで捉えていたんですね。

また日本は、中央集権国家体制を確立していく過程にあって、

次第に大陸伝来の仏教が、実は、日本古来の宗教が及びもつかない高度な文化を伴う強力な宗教体系であると分かります。

そこで、仏教を律令体制確立の核にしたのです。

それは仏教を優位に置きつつも、古来の宗教を否定せずに認めながら、中央による統一をなしえるという巧みな方法でした。

② 日本の神と外来の仏との関係

それでは、日本は外来の仏と古来の神との関係をどのように考えたのでしょうか。

一旦は神よりも仏教を優位に置きながら、その後、やっぱり神と仏は同一と捉えるようになります。

それは日本の神は、遠い世界にいる仏が仮の姿としてとして現れているという考え方です。

また仏教の思想において、「厳しい修行を必要とせずに、この現実の世界で誰でも救われますよ」と、民衆的な性格が強い時代に入ります。

これにより現実の世界が肯定されるようになると、

現実に日本に現れている神の方が、その背後にいる仏よりもありがたい存在と考えられるようになるのです。

こういった流れを受け、日本の神道思想は仏教を良いところを取り込みながら自立し、形成されていくのです。

③ 仏教の土着

仏教弾圧の戦国時代を経て、江戸時代にはすでに仏教は力を失い、幕藩体制を補う役割を担います。

それは、寺院と檀家の関係を固定化させるなど、幕府の民衆管理の一つでした。

そのなかでも葬儀と先祖供養は寺院と檀家を結ぶ大きな柱になりました。

また、そもそも日本人にとって「死」とは「ケガレ」であり、扱いの困難な対象でした。

それに対して仏教は、神道にはない死後の世界観を提供することができたのです。

これが仏教の中核ではない死者供養が、なお葬式仏教として今に残る由縁になります。

もう1度まとめますと、

  • 法や僧よりも仏の崇拝が中心であること
  • 理論よりも、現世利益死者供養が大事であること
  • 古来からの神の崇拝と一体化すること

という事どもが日本仏教独特の特徴です。

が、本書の大事になるのは変容して来たその過程です。

つまり、日本人が仏教のことをどう考えて来たのかという事です。

そしてそれはその積み重ねの上に、今の僕たちがいるという事になります。

【レビュー】日本にとっての仏教の説明書と言える良本!

日本人にとって仏教は、なんとなく昔から当然のようにあるものと思われているのではないでしょうか。

ですが、本書を読むと元々仏教は外からやって来たもので、

それを受け入れるために長い間たくさんの格闘があったのだという事を改めて実感します。

本書は日本の仏教がインドで生まれた仏教からは独特に変化している、という前提に立っています。

独特に変容したのは、そうなる必要があったから変容して来たという事です。

そして仏教を変容させてきた日本人は、その時代、時代でどのように考えて来たかを時代背景とともに、

日本古来の宗教との関係を含め説明しています。

日本人にとって外来の思想が定着するとはどういうことか。

また、日本人にとって仏教とはどういうものか。

そういった事を考えながら読むと面白いと思います。

ここでもう1度遠藤周作氏の『沈黙』から引用したいと思います。

「そうではない。この国の者たちがあの頃信じたものは我々の神ではない。彼等の神々だった。それを私たちは長い長い間知らず、日本人が基督教徒になったと思いこんでいた」

引用:遠藤周作 1966『沈黙』p232

日本人は自分たちに都合の良いように、「自分たちの神々」に変えてしまうんですね。

『日本仏教史 -思想史としてのアプローチ-』は、

日本の歴史を辿りながら日本の仏教を自分で考える本と言えるでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。

もしかしたら本書は、仏教のことは全く何も分からない、という方の1冊目にはおすすめ出来ないかもしれません。

パッと読んで、パッと仏教を知りたいという方にはオススメしません。

しかし、時間があって、自分で考えてみようという方、

そして日本の仏教に、また日本人の思想に少しでも興味のある方には間違いなくオススメできる本です。